• トップ
  • 鹿猿狐ビルヂング
  • JIRIN
  • トピックス
  • 事例紹介
お問い合わせ
Seminar

【イベントレポート】SMALL BUSINESS LABO セミナー ヘラルボニー・松田崇弥さん 松田文登さん

#JIRIN
2022.09.13
2022年8月27日、鹿猿狐ビルヂング3階・JIRINにて、SMALL BUSINESS LABO セミナーを開催しました。6回目となる今回のゲストは、岩手発の福祉×アートのビジネスを展開するスタートアップ企業、株式会社ヘラルボニー代表の松田崇弥さん・松田文登さんのご兄弟。

2018年に岩手県盛岡市にて双子の兄弟が起ち上げた「ヘラルボニー」は、「異彩を、放て。」をミッションに、知的障害のあるアーティストの作品をアーカイブ化し、ライフスタイルブランドやライセンスビジネスへと展開する、今、最も注目されるスタートアップ企業の一つです。

大学卒業後、一度は一般企業に務めたお二人ですが、その後20代で起業を決意。動機となったのは、自閉症の障害のある、4歳上のお兄さんの存在でした。

幼い頃から優しいお兄さんと生活を共にするなかで、障害者と健常者が分け隔てなく、誰もが個性を発揮できる社会を創り出したいと強い想いを持つようになった二人。そして、あるとき地元・岩手の美術館で巡り合った障害のあるアーティストが手掛けた美しい作品がきっかけとなり、世界を変える手段としてビジネスを選びました。

起業後たった4年で、大手企業も含めた数々のコラボレーションを実現し、多くのファンを集める事業に成長したヘラルボニー。それまでの福祉関連事業とは一線を画す同社の事業は、どのような考えのもと展開されてきたのでしょうか。今回のイベントレポートでは、セミナーでお話しいただいた一部をご紹介します。
提供:ヘラルボニー

障害ゆえの特徴が、可能性につながる

4歳上に知的障害のあるお兄様を持ち、幼い頃から世間が障害者へ持つバイアスや、何気なくかけられる「可哀そう」「お兄さんの分もお前たちが頑張れ」といった言葉に違和感を抱えてきた二人。その原体験をベースに二人が27歳の頃、双子とその親友の4人でヘラルボニーを起業しました。

大学卒業後、企画会社で働いていた崇弥さん。ちょうど帰省で岩手に戻っていた25歳のある日、お母様に誘われ岩手の「るんびにい美術館」を訪れた際に衝撃を受けたことから、彼らの事業は始まります。そこは、障害のある人たちのアート作品を飾る美術館でした。

「こんな作風があるのか」と強く感動した崇弥さんは、すぐさま文登さんへ連絡。その抱えきれないほどの感動を伝えたと言います。

「今日文登がしているスカーフのアートの柄は、ボールペンでひたすら黒丸を描き続けた作品です。知的障害の特徴である強烈なこだわりや、繰り返しを好むルーティーンがあるからこそ柄になっている。そこに大きな特徴があると気づいた時に、すごく可能性があるんじゃないかと思ったんですよね」(崇弥さん)
向かって左が崇弥さん、右が文登さん
いまの日本では障害のある方が作るプロダクトは、安価で売られているものがほとんど。それに対し二人は、伝え方や素材の選び方など、プロデュースする側の裁量次第でもっと価値の高いものとして世に出していけるのではと、可能性を感じたそうです。

その後兄弟で貯金を出し合い、本業を持ちながら実験的に事業をスタート。まずはネクタイにプロダクトを絞り、山形に工場を構える歴史あるメーカーと熱い交渉の末、先方初のOEM商品として生産いただけることになりました。
ヘラルボニーで販売されているネクタイ(提供:ヘラルボニー)
この最初のチャレンジは、売上という指標だけでみると「思ったよりは売れた」程度だったそう。ただこの取り組みに対し、福祉施設で働く方やお子さんに障害のある親御さんたちから、「あり得ないほど」たくさんの感謝や応援の言葉が送られたといいます。これを受け二人は可能性を確信に変え、会社化に舵を切っていきました。

アートが啓発し、障害への意識がグラデーション的に変わることを目指す

現在は投資家も入り、いわゆるスタートアップ領域で事業を拡大しているヘラルボニー。しかし起業当初からそこに動機があったかと言えばそうではなく、先にご紹介したように、純粋にアート作品を広げるために事業を始めたといいます。

「障害のある方を支援したいというマインドではなくて、アート作品を見たときにすごく感動を覚えたことがそもそもの動機なんです。ただ、そこからWEBで『障害 アート』で検索をかけると、あまりにも支援や貢献、SDGsのような言葉が並んでいて、そういった動機がないと事業に使ってはいけないという、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を感じた。そこに違和感を持ったんです。

自分たちがしたいのは『差別するな!』というデモ的な活動ではなくて、アート自体が勝手に啓発していくというもの。単純に作品が素晴らしいのであれば、それを作品としてダイレクトに伝え広げていって、そうすることで障害のある方へ向けられる意識がグラデーション的に変わっていく。そんな機会を作っていくための啓発活動ができたらと思っています」(文登さん)
ちなみに今や社員は復業を含めると50人ほどのヘラルボニーですが、実は福祉を専門に勉強してきた方はごく僅かで、元々別企業で活躍し、数字を追ってきたようなビジネスパーソンが多く集まっているそう。入社希望が後を絶たないその理由は、事業の前進が社会の前進にも繋がる、そのモデルにあると二人は話します。

「社員のなかで障害のある家族を持つメンバーは3~4割くらい。そういう原体験もあって、どうせ数字を追うなら、ヘラルボニーが前進することで社会も前進すると思えるような、数字と社会の両軸がある事業に共鳴してくれているんだと思います」(文登さん)

「福祉とビジネスを結びつけるなという意見もあると思いますし、自分たちも全員が『ヘラルボニーいいよね』という世界を作りたいとは思っていません。ただ、8割の方が熱狂してくれるビジネスにして、自分たちの事業が10倍大きくなったら、10倍の人が喜んでくれる。そういう事業にしていけると確信しているので、そこは信じて進んでいきたいですね」(崇弥さん)

地元の友人に届けたいから「ブランド」にする

提供:ヘラルボニー
池田エライザさんがモノトーンの衣装に身を包みクールに佇むビジュアルや、真っ白な空間に色とりどりのプロダクトが並ぶ店舗など、ブランドの世界観を徹底的に作り込んでビジネスを展開するヘラルボニー。二人が今のようなブランド化に踏み切ったのは、「地元の友人にヘラルボニーが届くこと」を目指してです。これは中学生の頃のある思い出からきているのだそう。

当時二人の中学では障害者を揶揄する言葉が流行るなど、障害が「欠落」として扱われるような雰囲気があったといいます。そんな地元の同級生たちにも、自分たちの取り組みが届く状態とはー。二人はブランドを始める当時「地元の同級生に届くとは、どういう状態なのか?」と頭をひねりました。

そうして至ったのが「ブランドの傘の中にアートや福祉を包含する」という結論です。福祉やアートと打ち出しても興味を持たれませんが、そんな彼・彼女らも日々ブランドの衣服をまとい、ブランドの車に乗り、ブランドの香水をつける。つまり、ブランドにすることで地元の同級生に届くのではないかと考えたのです。
提供:ヘラルボニー

「岩手発」であることを捨てない姿勢

現在は岩手に本社を置きながら、崇弥さんが東京に、文登さんが岩手にと二つの拠点で活動するヘラルボニー。東京一点集中のほうが事業の急成長は見込めたものの、会社の登記は岩手で行うことにこだわりました。

「岩手をヘラルボニーの聖地にしていく、ヘラルボニーが観光資源の一つになっていくことを戦略立ててやっています。障害のある方だけじゃなくて、それをきっかけに色んな人が住みやすい街になる。そこを行政の方とも一緒に進めていきたいと思っています」(文登さん)

「私はいま東京に住んでいますが、東京はスタートアップもたくさんあれば、ブームもすぐに移り変わっていきます。そんな東京では10年後どうなっているかわからない。ただ、岩手の会社であることを大事にして進めていけば、簡単には消費されず10年後も消えていないだろうと思うんですね」(崇弥さん)
短期的に見れば、当然東京に主軸を置いて事業を展開したほうが売上は上がる。しかしヘラルボニーは、一店舗目もギャラリーも、全てまずは岩手にオープンしています。そうして長期的な目線で何がバリューになり得るかを考え、岩手からブレない姿勢を大切にしていると二人は話しました。

「5年や10年で終わっていくのではなくて、50年、100年と続くことを目指しているから、私たちは岩手を大切にしています。今後も、岩手でいろんな異彩が拡張されていくことを目指しています」(文登さん)

障害者ではなく、一人の作家としてリスペクトする

N.PARK PROJECTのスタッフが、ヘラルボニーの講演を聞いていて興味深かったポイントは二つ。

一つ目は共感だけでなく、ビジネスとして成立するモデルを作り切っていることです。もちろん株式会社による事業なので当然ではありますが、多くの企業では福祉をはじめSDGs的なアプローチは、ともすればCSRのような位置づけでの取り組みになり、事業として採算が合わず短命に終わる例もよく見られます。

一方、ヘラルボニーは異なります。例えば、建設現場の仮囲いをソーシャルアートのミュージアムにするプロジェクト。今では全国100か所近くで建設現場の壁を美しく彩っているこの取り組みは、実は工事の現場担当者にとっても、メリットのある仕組みに仕立てているそう。いわく、社会的なプロジェクトを取り入れることで企業が評価され、入札時に有利に働くようにビジネスモデルの設計をしているといいます。

「僕の前職はゼネコンで、当時から仮囲いに可能性を感じていました。でも自分の経験から来る感覚でも、建設現場の現場監督の方にアートを使っていただくって、かなりハードルが高いと思うんですよね。ただ、その時に現場の方が褒められる仕組みになっていれば、むしろ使ってくれるものになるよねと考えて。それがハマった例だと思います」(文登さん)
提供:ヘラルボニー
興味深かったポイントの二つ目は、「障害」や「福祉」という、事業最大の特徴ともいえる要素を、どの場面でも前に出すわけではないということ。例えば先にもご紹介したように、店頭なら、彩り豊かで心が躍るような数々のデザインを前に出し、まずはお客さんに「感じて」もらう。あくまでもブランドが持つ世界観や一つひとつのプロダクトが人々の心を惹く状態を優先し、お客さんが興味を持った後に、そのストーリーを伝える導線を意識しているといいます。

これは多くの事業者にとって学びのある大切なポイント。自社の事業に想いがあればあるほど、人は説明的になってしまいがちです。誰かの心を動かしたくて始めたビジネスだったはずが、いつの間にか自分が伝えたいストーリーを優先し、説明的になってしまう。そうやって、お客さんの心の動きに気を配れないケースは方々で見られます。

ヘラルボニーの徹底した「わかるではなく、感じる」を前に出す姿勢は、一人ひとりの作家をリスペクトしているからこそだと思いました。

作家の個性を説明するのではなく、まずはその個性が生み出す可能性や美しさのファンになってもらう。これこそが今までの福祉事業にはなく、そして“いわゆる福祉”にそれほど強い興味を持ち切れなかった人々の心までをも、グッと掴むのでしょう。
「私たちは作家さんをご紹介する時も、その方のお名前と作品名を前に出しています。“障害者”ではなく、まずその個人を前に出しているんです。ヘラルボニーにファンがついていくというのはもちろん嬉しいのですが、それ以上に作家さんの作品にファンがついて、それがその方への興味に繋がっていく世界を作りたい。

知的障害のある方にファンがつくなんて、恐らく今までなかったですよね。それを私たちが、障害のある方の得意なところに仕事をアジャストさせて、アートに限らずリスペクトのきっかけを作ることで、世の中の意識が変わっていく。そんな“運動体”になりたいと思っています」(崇弥さん)

「知的障害があるからこそ描ける世界があるし、伝えられることがある。知的障害がある方の特性やこだわりが絵筆に変わっている、ということだと思っています。それをセグメントを強めて発信して、意識やイメージを変えていく。そこにチャレンジしてるんです」(文登さん)
提供:ヘラルボニー

これから挑戦する人へひとこと

最後に、これから起業する人、いまチャレンジしている真っ只中の人へ向け、お二人からメッセージをいただきました。

「自分たちは事業をスタートしたとき、僕たち双子と大学時代の親友の4人で始めました。その後も『一緒に働きたい人』のリストをExcelで作り、ひたすらランチに行ったりして声をかけ、リファラル採用で仲間をつくってきて今に至ります。

他の会社の方と話していても、特に初期は誰と事業に取り組むのかはとても大事だとよく聞きます。優秀かどうかよりも、この人たちと朝から晩まで熱狂的に挑戦していけるかどうか。共鳴でき、強くぶつかれるメンバーと事業をやれているかは重要なのかなと自分自身は思っています」(文登さん)

「4年前、私たちはパナソニックさんが運営する起業支援施設に入って事業をスタートしました。そこで色んな起業家や学生さんに出会い、たくさんのことを教えてもらいました。多様な価値観が混ざりあうような場で、今でもとても感謝しています。奈良でもそんな場が生まれているんだと思うとうらやましく思いますし、皆さんも横の繋がりからたくさんの刺激や学びをもらって、良い事業を育てていただければと思います」(崇弥さん)
提供:ヘラルボニー
時折ユーモアを交えながら展開されるお二人の軽快な掛け合いにすっかり聞き入り、あっという間に予定の時間になりました。いま起業していない自分を悔しく思うほど、心を大きく動かされた2時間でした。崇弥さん文登さん、ありがとうございました!

====
文:谷尻純子(中川政七商店 編集・広報)
前のトピックへ
一覧に戻る
次のトピックへ
Follow Us

ニュースレター登録Newsletter Registration

N.PARK PROJECTからのお知らせや、
スモールビジネス経営に関してのナレッジをお届けいたします。

*メールアドレスを正しく入力してください

*同意してください

  • トップ
  • 鹿猿狐ビルヂング
  • JIRIN
  • トピックス
  • 事例紹介
  • キーワード
  • プライバシーポリシー
© 2020 N.PARK PROJECT