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ひとともり#03

両極を楽しみ、いいバランスでいたい。ひとともりが大事にする価値観

RELEASE
2022.10.25
元興寺や春日大社をはじめとした古都奈良の文化財を多数有し、多くの町屋が軒を連ねるならまち。連綿と続く日本の歴史を感じるエリアの一画に、建築設計事務所と一棟貸しの宿、そして足湯を備えたカフェの、3つの顔を持つ空間「ひとともり 奈良本店」はあります。

この場所を創り上げたのは、同地に入居するひとともり株式会社の代表取締役・長坂純明さん。大阪工業大学卒業後にゼネコンで26年間建築士として勤務し、49歳で独立。それからほどなくして2019年9月に、現在の事務所を構えられました。

業界では珍しくホテルや商業施設などの大型建築から、個人住宅・インテリアショップまで幅広い案件を担当するひとともり。独立からまだ3年と少しではありますが、日々、長坂さんのもとには全国から相談が舞い込みます。

長坂さんの建築家としての転機は、41歳の時にご自宅の設計を手がけられたこと。それまでもユニークな案件に指名されることが多かったものの、これを機に会社員ではなく、個人の建築家としても業界で注目を集めはじめました。

会社員時代は順調に経験を重ね、クリエイティブな事例への指名も絶えなかった長坂さん。そんな26年間の会社員人生に区切りをつけ、独立を決めたのはなぜなのでしょうか。そして、3つの業態を持つ「ひとともり 奈良本店」誕生の経緯とはー。

この記事は前中後編の後編です。
ひとともり
奈良に拠点をおく建築設計事務所。住宅や集合住宅、ホテル、事務所、店舗などの設計を通して日常を豊かにする様々な提案を行う。また、同敷地内では奈良町屋を宿泊施設に改修し、暮らすように泊まる一組限定の宿「宿一灯」や、ヴィーガンカフェ「生姜足湯休憩所」も展開している。

49歳でついに独立へ

40代に入ってからは会社員として働きながら、個人としても少しずつ案件を受けはじめた長坂さん。徐々に売上は伸びていたものの、独立にはなかなか踏み出せずにいたそうです。そんななか独立のきっかけとなったのは、会社員時代にお世話になったお客さん。奈良で福祉施設を営むその先輩の一言が、長坂さんの背中を押したのでした。
「その方から『いつ辞めるの?』と聞かれて、『いま副業してますから、その収入が会社員の収入を超えたらですかね』って答えたんですよ。でもそれに対して『それは難しいと思うわ』っておっしゃって。『人って50歳を超えたら体力がガクッと落ちる。だから50歳で線引いてみたらどうや』って言ってくれたんです。それで、そう考えてみようと思って。その時点で47歳で、50歳まであと3年あったんですね。

あともう一つ、『やってみて上手くいかなかったら、また考え改めたらいいやん』とも言われました。それもほんまやなと。それで50歳までに独立するって決めて、結果的に49歳の時に独立しました。お客さんが『これが最後のチャンスや』って機会を与えてくれて、前を向いた途端に希望が不安を超えましたね。やるしかないって」
NAKAGAWA’s eye
僕も48歳になりましたが、体力の衰えは如実に感じます。だからこそ使える時間、残された仕事人生で何に取り組むべきかより真剣に考えるようになりました。自分のビジョンに素直に従って仕事をしていきたいものです。
こうして奈良のアトリエ事務所として気持ち新たに事業をスタート。ならまち付近で、事務所も探し出しました。

建築設計務所・カフェ・宿の複合空間「ひとともり 奈良本店」が完成

奈良に住まう人たちの独特の距離感や空気感に、居心地の好さを覚えていた長坂さん。事務所を探す際も迷いなくならまちを選びました。宿やカフェの構想は、その時点から持っていたと話します。

「独立のときに一番気になったのは妻が嫌がること。当時はまだ子どもも高校生と大学生で、一番お金がかかるときじゃないですか。どうやったら応援してくれるかなって考えてたら、独立の背中を押してくれた経営者の方から、妻にカフェを任せるという案を頂いたんです。案というか、その人が『長坂君が事務所して奥さんがカフェして、何か僕、そういうイメージ持てるわ!』って勝手に盛り上がってらっしゃっただけなんですけど(笑)。

でも僕も事務所とカフェを併設する構想はもともと持ってたので、それもいいなと思って。妻に言ったら結構乗り気で面白がってくれたんですよ」

こうしてぼんやりとあったカフェの構想は、奥様が長年続けているマクロビオティックの勉強や自然食品店での勤務経験も重なり、生姜足湯を備えた身体(からだ)を意識できる空間へと具体的に姿を変えました。
またもう一つ、空間に宿の機能を持たせたのは自身が旅好きであることの他に、実は「家賃を支払う収入源として」も大きな理由だったと振り返ります。独立すると決めたはいいものの、収入の不安が消えなかった長坂さん。別の収入源を持つことで、せめて家賃は支払えるようにと閃いたそうです。

複数の用途における運営アイデアは、そんな風にして「生活をデザインする」事業へとまとまっていきました。

「共通しているのは人が喜んでくれること。色んなものの器である建築と、健康に意識を向けられるカフェ、あともう一つは暮らしの楽しみである旅行ですよね。旅行になぞらえて宿をやれるといいなと。建築とカフェと宿をやることで、『ひとともり』が単に建築だけのデザインをするのではなく、『豊かな生活をデザインしている』ことが伝わればいいなと思いました」
ひとともり 奈良本店の設計を手掛けたのはもちろんご自身。そこには長坂さんらしく、古い日本文化のポテンシャルを活かした造りと、バラックのようなカジュアルな造りが共存しています。

「古いのもバラックもどっちも好きなんですよ。僕はいつも両極が好き。『こうでなければいけない、なんて、あってはならない』という感じです」

大きな振り幅を楽しみ、いいバランスで

独立から3年と少し。現在52歳の長坂さんのもとには、個人から大手企業の案件まで、様々な依頼が絶えません。依頼を自ら断ることはほとんどない長坂さんですが、引き受ける際に大切にしていることがあるのだとか。それは「お互いをリスペクトし合えること」「自分たちのチャレンジを理解しようすること」だといいます。

「機能的なだけの建物にするのではなく、その根底にある想いを叶えたい」。こう考え、毎回最初の打ち合わせでは、根となる想いからヒアリングするスタイルをとるのだそう。そのため、時には建築設計の域を超え、コンサルタントのような関わりを求められることもあると笑います。

「設計だけというより、事業の手前のところから踏み込みます。関与せざるを得ないというか、話を聞いてたら「何でそうなるの? 何のためにやるの?」みたいな話になるんですよね。多くのお施主さんは建築に対して、こうしてほしいって思い込んでるところがあるんです。でも想いとか叶えたいことを聞くと、全然違う提案ができることもある。大半のお客さんは最初驚くけど、結果的に喜んでくださいますね。

そんな風にしてるからか、お客さんから建築以外のことを要求されることも多いです。コップや箸、ユニフォームなんかの相談もあるし、『長坂さん、この品どうやって売っていけばいいですかね』みたいな話になることもよくあるんです(笑)」

規模の大小に関係なく、施主に寄り添い、建築で想いを実現させていく。年間40件ほどと業界では比較的多い案件数に対応する長坂さんは、その理由を「20代・30代の若手建築家が経験する苦労を味わいたい」からと、楽しそうに話してくれました。

「今がむしゃらにいろんなことをやってますけど、それは友達の建築家がしてきた苦労を味わいたいからなんです。彼らは30歳くらいで独立して、最初は小さい仕事をたくさんしていて、でもほとんど食べられなくて苦労してきたんですよ。その苦労を僕はしてこなかったから、まだ4年生の僕はそれをしようと思ってるんです。まさに青春だと思ってます(笑)」
独立して迎えた50代。今後はどうしていきたいですか? と伺うと、少し迷いながらも明るく返事がありました。

「それね、よく考えます。でも答えは出てません。ただわかるのは、会社の規模を大きくして売上を何百億にしたいとか、そこはあんまないですよね。興味がないというか。

大きな会社にいたから、人数が増えれば増えるほどルールが必要になるのも知ってる。それが肥大化すると楽しめないことは経験済みで、そういうのが嫌で辞めたのもあるんで。だからできるだけルールなんかなくて、率直に個人の感情とか考えだけで成立するような関係性を保てる、コンパクトなチームでやりたいですね。それなのに建築規模が100億の仕事をしてるとかね。そんな感じが爽やかでいいなと思ってます。

大きい案件もしてるけど、一方ですごく小さいプロジェクトも手掛けてるとか。信じられないような振り幅をこの奈良の町屋でやってるのがカッコいいと思ってます。名声を上げたいとかも、もちろんなくはないけど……。何でしょうね。わかんないけど、いい感じでいたいですね。いいバランスでいたいんです」
NAKAGAWA’s eye
会社の規模が大きいことが正義という時代は終わりました。自分が思い描く仕事を適切な規模でやることだと思います。ただ自分のビジョン、これがなかなか決まらない。笑
長坂さんも弊社主催のビジョン講座に来ていただいていましたが、これという核心には届かなかったようです。でも自分のなりたい姿を模索しながら仕事をやる期間も悪くない。最近はそんな風に思います。僕も大人になりました(笑)。
最後にもう一つだけ。
会社を辞めたこと、後悔した日はありましたか?

「全くないですね。毎日楽しいです。でも、前職を長く辞めなかったことも後悔してないです。経験があってこその今ですからね」

普通の会社員であれば、50代はベテランの域。その道をわざわざ外れた長坂さんは今、少年のような顔で仕事について話します。

穏やかさと軽やかさの中に熱さを秘め、どんな人も受け止める寛容な姿勢を持ちながら、挑戦もまた忘れない。それはまさに両極で、それが長坂さんのもとに人が集まってくる理由なのだと思います。多様な人を懐深く受け入れる空間・ひとともりはまるで、長坂さんそのもののようでした。

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INFO

ひとともり 奈良本店(ひとともり一級建築士事務所・生姜足湯休憩所・宿一灯)

奈良県奈良市福智院町1-3

HP:https://hitotomori.net/
Instagram:https://www.instagram.com/hitotomori/

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文:谷尻純子、写真:奥山晴日

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