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啓林堂書店#03

本を「買う」ではなく「読む」空間。書店の在り方を変える「書院」オープンに至るまで

RELEASE
2024.02.17
「利便性」が重宝される世の流れのなか、全国の街から地域の書店が姿を消し始めてしばらくが経ちます。変わりゆく街の姿に心を痛めながらも、自分自身もまた、そこでは「欲しい」が生まれにくい。葛藤を抱えながら、均一化していく景色を苦い思いで見ている方も多いことでしょう。

「地域の書店の在り方を根本的に変えなければならない」

そんな想いを胸に、奈良の地域書店・啓林堂書店の3代目である林田幸一さんが動き始めたのは2019年のこと。東京の大企業やIT系メガベンチャーで経験を重ねた後、29歳で家業に入った頃でした。

その後様々に思考を巡らせ試行錯誤を繰り返しながら、「すべてのブックライフに寄り添う」と新しいミッションを掲げたのは2022年の秋。そこから1年強を経て、その意思を体現する本に囲まれた一つの空間が奈良市内の中心地にうまれました。

名は、「書院」。

長く地元客から愛される啓林堂書店奈良店の2階にオープンしたその場所は、「心赴くままに本と過ごせる場所」として書店内にある10万冊の本を自由に読書できる空間です。

前回の取材から約1年。掲げたミッションから、この場に至るまでを林田さんに教えていただきました。
啓林堂書店
奈良に5店舗を展開する地域密着型の書店。一般書から専門書まで、各店舗ごとに地元のお客様に寄り添う選書を展開している。

「買う」ではなく「読む」時間を提供する

近鉄電車を終点の奈良駅で降り、小西さくら通り商店街へ続く出口を出ると、ほどなくして目に入る「啓林堂書店」の文字。古都・奈良の文化財や奈良公園を有し、地元民から観光客まで多くの人で賑わうならまちエリアの書店の2階に、「書院」がオープンしたのは2023年12月のことです。
写真提供:啓林堂書店
写真提供:啓林堂書店
「頭と心、動く。」をブランドコンセプトとして掲げた書院では、「籠」「書」「読」「囲」と名の付く異なる4タイプの席空間を用意。訪れた客は啓林堂書店に並ぶ約10万冊の本の他、書院専用にスタッフが選書し配架した本を自由に選び、読むことができます。

本を「買う」ではなく「読む」に特化した空間のオープンを決めたのは、啓林堂書店3代目の林田幸一さん。地域の書店として長く本を「買う」機会を提供してきた同社ですが、林田さんが2022年に家業を継いだ後は「本屋の役割自体を見直さなければならない」と、その役割を再定義すべく「すべてのブックライフに寄り添う」なるミッションを掲げました。その、大きな一歩目がこの場所です。

「家業を継ぐ前から、お客様にとっての書店の役割を変える、つまりはわざわざ行きたくなる本屋にならないといけないと危機感がありました。もともと啓林堂の名は“ひらき、あつまる場”という意味を込めたもの。それもあり、本屋にお客様が集まっている状態を作れないと、僕たちがこの大きな箱を維持していく意味はないんじゃないかって。だから書店を再定義しなくてはと、新しいミッションを掲げたんです」
林田さんいわく、書店業界では売上が昨対比を下回るのは当たり前。一方、読書人口はやや下がっているとはいえ、ほぼ横ばいの状況だといいます。単年の損益分岐では黒字でも、長い目で見ると書店から客が離れているのは明らか。「ネットショップなどの台頭のなか、自分たちにしかできない価値提供とはなんだろう」。その答えが、本を買う前と後、つまり本と暮らす時間全体を充実させる存在になることでした。

「でも、ミッションは掲げただけでは伝わりません。まずはスタッフに浸透させるために、ミッションについて意識できる場をどれだけ作れるかが大事だと思ってました。あとは、お客様に『変わった』と思っていただくために、どんなことをするべきかも悩ましい課題でしたね。大きなところではこれらの、『スタッフの気持ちを変えること』と『取り組みの具体化』の二つに、一番気持ちを割いてましたね」
NAKAGAWA’s eye
本屋さんにおけるミッションの価値は他の業態におけるそれより重いと感じる。なぜなら量の違いはあるものの商品はどの本屋さんも同じだから。ただ本という商品を届けることを目的とするのではなく、そのことによって実現される何かが本屋さんのミッションになる。そしてそれぞれの本屋さんのミッションは違うはずである。
ミッション完成後は、その進め方に心を砕いていた林田さん。一つ目の大きなアクションとして舵を切ったのが、奈良店の改装でした。とはいえ、奈良県内に5つの店舗を有する啓林堂書店の本店は、奈良店ではなく郡山店。なぜ最初が奈良店の改装だったのかと問うと、「お客様に『啓林堂が変わりはじめた』と感じていただくためには、“奈良”という地域の中心地からまずは変化する必要があると考えた」と林田さんは返します。

「そもそもとして、この奈良店の数字を何とかせなあかんっていう課題もあったんですよ。本店は郡山ですけど、うちはお客様から“奈良の本屋”として捉えられていて、この奈良店は奈良の正面であり中心、いわば“奈良の顔”のような位置にあります。でも客観的に見てみると、この店舗がオープンした2000年以降、街や暮らす人々は大きく変化してきたのに、奈良店はあまり変わっていない。良い本を揃えようとは意識してきましたが、本との出会いや、その後の読む体験に思い馳せるような店舗運営はできていないなと。つまり、当時はまだまだブックライフに寄り添えていない状況でした。

じゃあ、どう寄り添うべきかと考えて出てきたのが、今のこの場の構想です。お客様の本との接し方は、デジタルデバイスの発達とか、新しいコンテンツの登場とかを背景にどんどん変化していますよね。

『本を買う場』だけに書店や自分たちの役割をとどめていたら、便利なサービスと比べられて地域の書店は戦えません。啓林堂書店ではそうじゃなくて、本を買う前と後、例えば『本を読むことを通じて自分に向き合う時間』のような、本を読む人の暮らしに深い入り込み方をしたくて。書店をそういう場所に変えるには何ができるかと考えていくと、本を読める空間を作ろうって発想に至ったんです」

「書院」の名がうまれ、巡らせてきた思考が循環する

奈良店の数字改善、スタッフの意識変化、そしてお客様へ向けたミッション体現。それぞれに散らばった課題のパーツは徐々に重なりはじめ、奈良店の2階にミッションへ通ずる場を設ける構想へとまとまっていきます。

とはいえ、ミッション浸透を進めるには当然他の案も浮かぶはず。林田さんはなぜ、最終的にこの“書院”へ着地させたのでしょう。

「例えばホテルとコラボレーションして本を読むことを楽しめるプランを作るとか、そういうことを考えたり、実際にお話させてもらったりする機会もありました。あとは奈良店でやるのではなく、例えば奈良県内でももっとローカルで非日常的な場所に本を楽しめる空間を作ることも、一応選択肢には挙がったんです。

ただ、やっぱりもっと一丁目一番地になるような、主軸となる部分をどうにかしないといけないなと。お客様のなかにおける書店の役割を抜本的に変えるためには、本を買いに行く場所が本屋じゃなくて、本を楽しむために使う場所って状態に変えていくことを目指したかったんですよ。

そうすると結局は本体、つまり店舗がよみがえらないとあかんよねって結論に至って、他の案は全部ボツになっていきました。できるだけたくさんの人に使ってもらえて、書店の価値も上がる。そんなビジネスモデルにしないと祖業の蘇生にはならないなと」
NAKAGAWA’s eye
ミッションを社内外に浸透させていくことは容易ではない。社内のスタッフは目の前の業務を、社外のお客さんは商品である本そのものを見てしまう。
故に社内外に向けた象徴的取り組みが肝となる。
奈良店のリニューアルを検討する際、林田さんのよき壁打ち相手となったのは、同じく奈良県内で事業を営むクリエイティブファーム・オフィスキャンプや、設計事務所・ひとともり。以前から顔見知りであった方々に、まだ輪郭の曖昧な想いを言葉にしながら、あるべき姿を形にしていく時間を何度も持ったといいます。

「お仕事こそ初めてお願いしたんですけど、もともと仲良くしていただいている方々で。最初の一歩を大きく踏むタイミングで、街の人の顔がイメージできるチームでできたのはすごく良かったと思いますね」

啓林堂書店の目指す未来とその体現、そして奈良の、この街だからこそ作るべきものとはーー。

対話を重ね、コンセプトやサービスをクリアにしていくなかで、この場の姿に大きく貢献したのは「書院」と名がついたことでした。場を表現する言葉が一つ決まったことで、それぞれに浮かんでいた構想が一つにまとまったと林田さんは振り返ります。
「最初はなかなか名前が決まらなくて。仮の名前で呼びながら、チームの皆さんとコンセプトとかサービスを先に決めていってたんですよ。でもやっぱスッキリしなくて。一回ちゃんと名前を考える時間を設けようってなったんです。その場で僕がふと、『書院』って案を口にしたらそれいいねって盛り上がって。

この場のコンセプトを考えているなかで、『他人ではなく自分』『外にある情報じゃなくて内にある情報とか感情』、そこに光を当てるような場にしようとはもともと言ってたんです。だから原点回帰的な考え方が大切だなとは思ってて。

そのことから日本人の暮らしの歴史を遡ってみると、『書院造り』という伝統建築様式に至ったんですね。それでその元を辿ると、お坊さんが月の薄明かりの下、何かを書いたり読んだりする時間を、心静かに過ごしていた場所に由来するってことで。図らずも、僕たちが現代に体現したい環境そのもののことだって気付きました。そういう場所を現代に体現するなら?って改めて考えてみて、そこから一気に全てが決まりました。
自分たちが考えてきたことと名前が行き来できるようになって、なんか、循環した感じやったんですよ」
NAKAGAWA’s eye
議論の早い段階から社外のクリエイターを交えて議論したことが良かったのだと思う。想いを形にするときに必ずクリエイティブの力が必要になる。クリエイターの経営者を理解する力が求められる。

啓林堂書店へ届いた多くの反響と、林田さん自身の心の変化

こうして「世情に惑わされず、じっくりと本に向き合い、自然と思考を広げ、感情が鮮やかになるきっかけとなるような場作り」を標榜する書院は、いよいよオープンの時を迎えます。満を持してSNSで新しい場の発表をすると、予想以上の反響がありました。

「久しぶりに奈良に行こうかな」
「こういう本屋、近くに欲しかった」

そんな声が、奈良に住む人からはもちろん、地元を離れながらも気にかける人や、奈良に直接の縁はない人からも届いたのです。地域の書店の次なる挑戦に、本を、奈良を、愛する多くの人から喜びと応援の声が寄せられました。
一方、社内の反応はどうだったのでしょう。構想を伝えてから今に至るまでの変化について林田さんは、「発表当初は実感があまりない様子でしたが、お客様から嬉しい言葉をたくさんもらっていることで、スタッフの気持ちが徐々に変わってきている」と見ています。

「書院をオープンして、お客様から『いいところで本が読めて、つい1万円以上買ってしまったわ』みたいな、すごくありがたいお声をいただくんですよ。売り上げが嬉しいんじゃなくて、そんなふうにたくさんの本に出会ってくれたのが僕らからすると嬉しくて。

これまでも『この本があってよかった』の声は頂いていたんですけど、『ここにいたら、どんどん本を読みたくなるね』なんて声をもらうことって、なかなかないんですよね。スタッフもそうやってお客様に声をかけていただくことで、自分たちの役割について、意識変化を起こしてくれてるんちゃうかなって思います」

また、林田さん自身も、そうやって届く言葉に心を揺さぶられた一人です。

「社内に向けて業務改善や見える化を進めたり、本への意識変化とか経営改善に繋がりそうないろんな取り組みをしてきたりしましたけど、『効率化や改善施策だけでは、この先に書店を残すためにはまだ足りないんちゃうかな』って、不安や危機感がありました。

今回改めてこういう喜びの声を頂いて、なんか、心が潤ったんですよね。でもそれと同時に、お客様への新しい価値作りがずっとできてなかったんやなって反省もしました。書院をオープンして、そうやって届くお客様の声に『書店の価値や役割変化に、新しい形で向き合える取り組みがついに始まった』って、やっと感じられるような瞬間があって。つい泣いちゃいましたね」
NAKAGAWA’s eye
社内に向けていくら経営者が話をしてもその言葉はなかなか届かない。一方でお客さんからの言葉はスタッフの心にすっと入る。インナーブランディングを頑張るときに大切な意識の一つは、社内だけでなく社外にも同じテンションでメッセージを発し続けることである。社外を経由して社内が変わっていく。
自分たちが暮らす街に、その場所にしかない、大切なお店があること。これまでの役割や、世の大きな価値観に頼らず、自分たちの役割を見つけること。啓林堂書店の挑戦は、自社のみの変化にとどまらず、全国の地域書店がその在り方について考える、大きなきっかけとなる予感がします。

「新刊書店をやってると速度が大事なんですよね。新しく出た本が“今この店にある”状態が最重要。でもこの場はそうじゃなくて、書院ならではの魅力にお客様が集まってくれるような場の育て方をしていきたいなと思います。店主の個性が宿るような小規模の本屋さんではそういったことができているお店も多いけど、かたや中規模の、しかもリージョナルチェーンみたいな店ではまだ、できているところって少ないと思うんです。

そのためにこれからやりたいことは大きく二つあって、一つはサービス作りの部分。もっと安心してこの場が利用できるように、例えば予約制度を導入して、来店してくださった方が必ず使える環境を整えるとかですね。

もう一つは、コミュニティの活性化です。この場ってコワーキングのような使い方もできるので、オープン前はそういった利用が多くなるかなと実は思ってたんですが、蓋を開けてみたら圧倒的に読書をしてくださる方が多くて。そうやって書院の盛り上がり方を見ていると、この場は本を読む人たちが作る静かなコミュニティなんだなって感じたんです。

その人たちが求めてる機会やサービスで、自分たちにはまだまだできてないことって、たぶんたくさんある。例えばただの著者イベントではない、本との出会いをもっと創出するようなこの場ならではのイベントも企画できるかもしれません。取ってつけたイベントではなくて、ミッションと芯の部分で繋がったここでしかできない体験を通じて、静かで熱いコミュニティにしていけたらなって思います。

そういう状態にするために、今は大事なものをちゃんと選びながら、お客様と共感・共鳴できている時間を日々過ごすのが当たり前のお店にしていきたいですね」
穏やかで芯のある眼差しや語り口はそのまま、一年前から大きな変化を感じたのは、林田さんの熱と自信。頭と心と行動が一つになり、啓林堂書店のふるまいとご自身の理想が、少しずつ重なり始めたのかもしれません。

「これからどうなるかわからないですけどね」。

そんなふうに謙遜しながらも、目を細めてこれからの未来図を話す林田さん。自分たちが差し出すものへの反応を知り、そしてより磨いていくために。新しくできたその場所に、若き代表はきっと、今日も立っていることでしょう。

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啓林堂書店

啓林堂書店 店舗
郡山店/奈良店/学園前店/生駒店/ジュンク堂書店 奈良店

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文:谷尻純子、写真:奥山晴日

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