ume,yamazoe#02
家業を辞めたい日々から、価値観を変えた3つの出会い。ume,yamazoe・梅守さんが宿の構想に至るまで
DEVELOPMENT
2021.09.17
悠久の自然が残る、穏やかな空気に包まれた奈良県・山添村。山里に息づく人の営みをゆるやかに感じながら、小高い丘へと続く急な坂道を上ると、全国各地から人の集う宿・ume,yamazoeにたどり着きます。
もともとは村長の家だったという大きな古民家をリノベーションし、開放的な3つの部屋と、フィンランド式の屋外サウナを備えたこちらの宿。
周囲には裏山の木々と民家があるのみ。都会のような “便利” はないものの、不思議とその不便にイライラすることはなく、自分の素直な感情や、忘れていた感性を取り戻す感覚を覚えます。
「不自由な環境や営みの中で気付くものを大事にしてほしい」と話すのは、オーナーの梅守志歩さん。奈良市内でお寿司の事業を展開する株式会社梅守本店の三女である梅守さんは、学生時代に結婚式場のアルバイトや服飾サークルのモデル、学生団体所属の経験を経て、住宅情報を扱う企業へ就職。業界の慣例を大きく変えるような企画を試み、全社MVPに選ばれたこともありました。
そんな梅守さんが、なぜこのume,yamazoeに至ったのか。「幸せな家族を日本中にたくさんつくりたい」と話す梅守さんに、これまでと、これからを伺いました。
もともとは村長の家だったという大きな古民家をリノベーションし、開放的な3つの部屋と、フィンランド式の屋外サウナを備えたこちらの宿。
周囲には裏山の木々と民家があるのみ。都会のような “便利” はないものの、不思議とその不便にイライラすることはなく、自分の素直な感情や、忘れていた感性を取り戻す感覚を覚えます。
「不自由な環境や営みの中で気付くものを大事にしてほしい」と話すのは、オーナーの梅守志歩さん。奈良市内でお寿司の事業を展開する株式会社梅守本店の三女である梅守さんは、学生時代に結婚式場のアルバイトや服飾サークルのモデル、学生団体所属の経験を経て、住宅情報を扱う企業へ就職。業界の慣例を大きく変えるような企画を試み、全社MVPに選ばれたこともありました。
そんな梅守さんが、なぜこのume,yamazoeに至ったのか。「幸せな家族を日本中にたくさんつくりたい」と話す梅守さんに、これまでと、これからを伺いました。
ume,yamazoe
奈良県東部の山添村にある、古民家をリノベーションして建てられた1日3組限定の宿。自然に囲まれた山里で、「ちょっと不自由なホテル」をコンセプトに、“ないもの” が “ある” ことに気づくしあわせを感じてほしいと運営する。人・宿・食を通じ、自然の調和を感じる 「いま」「ここにしかない」体験を提供する。
家業に入るも、辞めたいと土下座する日々
新卒で株式会社ネクストへ入社後、全社MVPにも選ばれた梅守さん。このまま同社で活躍を続けるのかと思いきや、入社から3年が経った頃に奈良へ戻り、家業の株式会社梅守本店へ入社するという決断をします。これは現社長であるお父さまから「家業を継いでほしい」という話が直々にあったことが理由だそう。
「もともとは継ぐ気はなかったんですけど、新卒1年目の時に『3年くらいで戻ってきてほしい』みたいな話をお父ちゃんからされて。お父ちゃん、夢を語るのが上手なんで『それも楽しそうだな』と思っちゃったんですよ。だから当時働いていた企業にも『3年で辞めるんで、それまでにできることを全部やらせてください』って言ってましたね」
「もともとは継ぐ気はなかったんですけど、新卒1年目の時に『3年くらいで戻ってきてほしい』みたいな話をお父ちゃんからされて。お父ちゃん、夢を語るのが上手なんで『それも楽しそうだな』と思っちゃったんですよ。だから当時働いていた企業にも『3年で辞めるんで、それまでにできることを全部やらせてください』って言ってましたね」
上司から何度も引き留めに合うも、予定通り3年で退職して家業に戻った梅守さん。しかし、当初は前職とのギャップに苦しみ、毎日のように辞めたいと思っていたといいます。
店頭に立つこともあれば、会社の経理や総務を担当することもある日々のなかで、目の当たりにしたのは食品製造業の難しさ。そこには業界特有の利益が出にくい構造や、小さなミスが会社の存続危機になりかねないがゆえの、殺伐とした社内の雰囲気がありました。それは、梅守さんがネクスト時代に経験していた仕事とは、大きく異なるものだったと振り返ります。
「毎日店舗に立って、10万円行くか行かへんかの売上を頑張って追う感じで。それでも利益が出ない仕事をしてるのがつらすぎて。『何やってんのやろ、自分』みたいな。『私はもっといろんなことをできるはずなのに、何でこんなところに閉じ込められなあかんの?』みたいな感じです。全部のリズムも遅いし、お父ちゃんは機嫌悪いし(笑)、もう最悪って。
辞めたい辞めたいとずっと思ってて。その時は肌もガサガサでしたね。お父ちゃんと殴り合いの喧嘩をしながら『私はこんなところで仕事をするために帰ってきたんじゃない!』って言ってました。過呼吸になって土下座して『辞めさせてくれ』って言ってたんですよ。1回や2回じゃないくらい」
店頭に立つこともあれば、会社の経理や総務を担当することもある日々のなかで、目の当たりにしたのは食品製造業の難しさ。そこには業界特有の利益が出にくい構造や、小さなミスが会社の存続危機になりかねないがゆえの、殺伐とした社内の雰囲気がありました。それは、梅守さんがネクスト時代に経験していた仕事とは、大きく異なるものだったと振り返ります。
「毎日店舗に立って、10万円行くか行かへんかの売上を頑張って追う感じで。それでも利益が出ない仕事をしてるのがつらすぎて。『何やってんのやろ、自分』みたいな。『私はもっといろんなことをできるはずなのに、何でこんなところに閉じ込められなあかんの?』みたいな感じです。全部のリズムも遅いし、お父ちゃんは機嫌悪いし(笑)、もう最悪って。
辞めたい辞めたいとずっと思ってて。その時は肌もガサガサでしたね。お父ちゃんと殴り合いの喧嘩をしながら『私はこんなところで仕事をするために帰ってきたんじゃない!』って言ってました。過呼吸になって土下座して『辞めさせてくれ』って言ってたんですよ。1回や2回じゃないくらい」
NAKAGAWA’s eye
私見ですが家業を継ぐか継がないかについてのあるべきスタンスは、「継がない選択肢をちゃんと持つ」ことが重要だと思います。
選べなかったのでここにいる、ではなく、自分で選んでここにいる、となれば自ずと覚悟も決まるものです。
選べなかったのでここにいる、ではなく、自分で選んでここにいる、となれば自ずと覚悟も決まるものです。
梅守さんの価値観を変えた3つの出会い
ありあまる自分のエネルギーや想いを、目の前の仕事にどうしても注げない。そうして家業の仕事に違和感を抱え続けていた梅守さんに転機が訪れたのは、奈良に戻って2年が経った頃でした。思考を変えてくれた出会いが3つ、近いタイミングであったのだといいます。
「1つは、薬師寺のお坊さんだった村上定運(じょううん)さんとの出会いですね。今は茨城(の別院)に行っちゃったんですけど、JRの奈良版のポスターに選ばれるくらい、奈良を代表するようなお坊さんやったんです。私より2、3個年上の方で、むちゃくちゃ喋りが面白いお兄ちゃんみたいな人なんですよ。
お兄ちゃん(※定運さん)も、お父さんが住職さんで。早稲田大学を卒業して帰ってきてお坊さんになって、もうワンウェイなわけですよ。でも『ワンウェイって選択肢がないように思えるけど、限られた選択の中で自分のやれることをやって、楽しんで生きた方がいいよね』みたいな話をされていて、あぁ、確かになって。
お坊さんなんて、私よりももっと限られた選択肢しかないように思えるけど、それでも自分のできることとか、その中での役割とか立場とかを見つけてはって。自分は2、3年でそこまでの思考にいけるかなって考えたときに、全然届かへんなと思いました。
そこから『ここの場所で楽しむにはどうしたらいいかな』と考えるようになりましたね」
「1つは、薬師寺のお坊さんだった村上定運(じょううん)さんとの出会いですね。今は茨城(の別院)に行っちゃったんですけど、JRの奈良版のポスターに選ばれるくらい、奈良を代表するようなお坊さんやったんです。私より2、3個年上の方で、むちゃくちゃ喋りが面白いお兄ちゃんみたいな人なんですよ。
お兄ちゃん(※定運さん)も、お父さんが住職さんで。早稲田大学を卒業して帰ってきてお坊さんになって、もうワンウェイなわけですよ。でも『ワンウェイって選択肢がないように思えるけど、限られた選択の中で自分のやれることをやって、楽しんで生きた方がいいよね』みたいな話をされていて、あぁ、確かになって。
お坊さんなんて、私よりももっと限られた選択肢しかないように思えるけど、それでも自分のできることとか、その中での役割とか立場とかを見つけてはって。自分は2、3年でそこまでの思考にいけるかなって考えたときに、全然届かへんなと思いました。
そこから『ここの場所で楽しむにはどうしたらいいかな』と考えるようになりましたね」
またその数か月後に出会った、東吉野村でコワーキングスペースを運営するクリエイティブファーム・合同会社オフィスキャンプの坂本大祐さんや菅野大門さんの存在も、梅守さんが思考の枠をとっぱらうきっかけとなったそう。
「今ではクリエイティブ集団みたいな感じですけど、その当時は大ちゃん(坂本さん)と、大門さんの2人で。一番印象的だったのは、大門さんが流木を拾ってメルカリで売ってるみたいな話です(笑)。『一児の父が山奥に住みながら流木を拾って売って、それでお金になるんや!?』と思って。
まだそのときは、企業に所属してそこで価値を出してお金を貰う働き方しか知らなかったから、どんな風にでも生きていけるって感覚がすごいびっくりしたんですよね。
それで、そんな生活もできんねんなと思って、そこから働き方みたいなことを考え出しました」
「今ではクリエイティブ集団みたいな感じですけど、その当時は大ちゃん(坂本さん)と、大門さんの2人で。一番印象的だったのは、大門さんが流木を拾ってメルカリで売ってるみたいな話です(笑)。『一児の父が山奥に住みながら流木を拾って売って、それでお金になるんや!?』と思って。
まだそのときは、企業に所属してそこで価値を出してお金を貰う働き方しか知らなかったから、どんな風にでも生きていけるって感覚がすごいびっくりしたんですよね。
それで、そんな生活もできんねんなと思って、そこから働き方みたいなことを考え出しました」
NAKAGAWA’s eye
世界を大きく変えてくれるのは、いつも「人との出会い」ですね。たくさん人と会って話をして自分と違う経験と価値観にふれることで、自分自身が揺さぶられます。
僕も振り返ると2007年に水野学さんに出会ったことで大きく変わったと思います。
N.PARK PROJECTやJIRINが、誰かのそういうきっかけになってくれるといいな〜と思います。
僕も振り返ると2007年に水野学さんに出会ったことで大きく変わったと思います。
N.PARK PROJECTやJIRINが、誰かのそういうきっかけになってくれるといいな〜と思います。
そして3つめの出会いは、本。この頃、梅守さんは徐々に「自然の中で生活したい」と考えるようになっていました。これには、アラスカの大自然でそこに生きる動物を撮影し続けた、写真家の星野道夫さんが著した『旅をする木』を読んだ影響が大きかったのだそうです。
星野道夫著『旅をする木』文春文庫(写真提供:ume,yamazoe)
「自然の中で生活してその場所で楽しみながら生きる、みたいなことをチョイスできないかって、ふわっと考え出したのが26歳くらいですね。定運さんがあって、旅をする木があって、オフィスキャンプがあって。その3つが考え方が変わってきたポイントです。そこから、自然の中で暮らせる家を探し始めました」
そうして「奈良市内の仕事場に通える、自然のある場所」という条件から偶然、山添村に古民家を見つけた梅守さん。最初の頃は週の半分は市内の実家に帰り、また半分は山添村で暮らすといった、“半移住”生活を送りました。
豊かな自然と人の暮らしが残る安心感、ゆったりと日々をおくる村の人たち、周りから聞こえる虫の音や鳥の声、そして、降ってくるような星空。梅守さんは山添村で暮らすうちに、この村の良さにさらに惹き込まれていきます。
そうして「奈良市内の仕事場に通える、自然のある場所」という条件から偶然、山添村に古民家を見つけた梅守さん。最初の頃は週の半分は市内の実家に帰り、また半分は山添村で暮らすといった、“半移住”生活を送りました。
豊かな自然と人の暮らしが残る安心感、ゆったりと日々をおくる村の人たち、周りから聞こえる虫の音や鳥の声、そして、降ってくるような星空。梅守さんは山添村で暮らすうちに、この村の良さにさらに惹き込まれていきます。
同じものでも、見せ方や方法次第で価値は変わる
こうして仕事への思考や生き方を少しずつ変化させていった梅守さん。3つの出会いと同じ時期に、仕事でも新たな機会を手にしました。それは、お寿司の体験教室という事業。これまでに国内で開いていた教室を海外へも展開しようと、お父さまが経営の舵をきったのです。
この事業を任された梅守さんは早速企画書を書き、海外へと出向いては旅行会社へ提案を繰り返すように。最初こそ奈良県庁の海外旅行客向け企画に相乗りし、県内の事業者とともに出張することもあったそうですが、徐々に慣れ、いつのまにか一人で東南アジアの国々を訪れては飛び込み営業をするようになったと笑って話します。
「最初はお父ちゃんに行ってこいって言われて『何のことかわからんけど、とりあえず香港行くねんな? わかった』みたいな感じです(笑)。手ぶらでは行けへんから、まだ全然形になってない体験教室の企画資料みたいなのを書いて、持って行って。『こんなのをやろうと思うんですけど、どうですかね?』みたいな。当時はパスポートもハンコだらけで。月の半分くらい日本にいない生活を2、3年してました。
それで少しずつフラストレーションもなくなっていって、与えられた環境でも楽しく働けるようになってきたんです。『会社にいるのがすごく嫌』っていうのはこの頃に薄まったかな」
この事業を任された梅守さんは早速企画書を書き、海外へと出向いては旅行会社へ提案を繰り返すように。最初こそ奈良県庁の海外旅行客向け企画に相乗りし、県内の事業者とともに出張することもあったそうですが、徐々に慣れ、いつのまにか一人で東南アジアの国々を訪れては飛び込み営業をするようになったと笑って話します。
「最初はお父ちゃんに行ってこいって言われて『何のことかわからんけど、とりあえず香港行くねんな? わかった』みたいな感じです(笑)。手ぶらでは行けへんから、まだ全然形になってない体験教室の企画資料みたいなのを書いて、持って行って。『こんなのをやろうと思うんですけど、どうですかね?』みたいな。当時はパスポートもハンコだらけで。月の半分くらい日本にいない生活を2、3年してました。
それで少しずつフラストレーションもなくなっていって、与えられた環境でも楽しく働けるようになってきたんです。『会社にいるのがすごく嫌』っていうのはこの頃に薄まったかな」
大ヒットとなったこの企画を受け、次に梅守さんが海外観光客向けに考案したのは、山添村の民家を訪問して村の茶畑でお茶摘みを楽しむ「お茶畑ツアー」でした。そして、こちらもまた多くの支持を集めます。
ところで、お寿司の体験教室やお茶畑ツアーなど、コンテンツ自体は決して奈良県にアドバンテージがあるものではないなかで、なぜヒットを生めたのでしょうか。それには、後のume,yamazoe開業にも繋がる、梅守本店の思想が大きく影響しているのだといいます。
「梅守本店のやりたいことはずっと変わらなくって。いわゆる社会的弱者のような、本当は楽しみたいと思っているけど場所や機会がない人たちに対して、食を通じて楽しい場所を提供するってことなんです。
うちの白血病の妹が同室やった子たちって、もう全員亡くなってるんです。その子たちにとって、(想い出をつくれる)その日とかその瞬間って、本当に一回しかない。そこに対して、本当に楽しい時間を提供したいって想いがうちのスタッフや家族はとても強いんですよ。
だから経験上『一生に一回しか会わないかもしれないこの瞬間に、目の前の人をハッピーにするぞ』ってエネルギーの出し方をしていくと、どこにでもあるものが価値になるなと思ってて。見せ方とかやり方が違えば、価値に変えることができるってわかってたんです。
お茶畑ツアーも、価値じゃないと思われていた村のものをちゃんと価値づけして体験化して、商品にしていくことで、もしかしたら仕事になるかもしれないと思って」
ところで、お寿司の体験教室やお茶畑ツアーなど、コンテンツ自体は決して奈良県にアドバンテージがあるものではないなかで、なぜヒットを生めたのでしょうか。それには、後のume,yamazoe開業にも繋がる、梅守本店の思想が大きく影響しているのだといいます。
「梅守本店のやりたいことはずっと変わらなくって。いわゆる社会的弱者のような、本当は楽しみたいと思っているけど場所や機会がない人たちに対して、食を通じて楽しい場所を提供するってことなんです。
うちの白血病の妹が同室やった子たちって、もう全員亡くなってるんです。その子たちにとって、(想い出をつくれる)その日とかその瞬間って、本当に一回しかない。そこに対して、本当に楽しい時間を提供したいって想いがうちのスタッフや家族はとても強いんですよ。
だから経験上『一生に一回しか会わないかもしれないこの瞬間に、目の前の人をハッピーにするぞ』ってエネルギーの出し方をしていくと、どこにでもあるものが価値になるなと思ってて。見せ方とかやり方が違えば、価値に変えることができるってわかってたんです。
お茶畑ツアーも、価値じゃないと思われていた村のものをちゃんと価値づけして体験化して、商品にしていくことで、もしかしたら仕事になるかもしれないと思って」
お茶畑ツアーの様子(写真提供:ume,yamazoe)
そしてこのツアーの考案がきっかけで、梅守さんはume,yamazoeの構想へ大きく動き始めます。
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